歴史と自然の交差点で起きた「クルマの夢」の是非
オーストリア・ザルツブルクの中心部を見下ろす美しい丘、カプツィーナーベルク。その頂には17世紀に建てられ、かつて著名な作家シュテファン・ツヴァイクが暮らしていた由緒ある邸宅があります。この歴史的な場所を舞台に、今ひとつのプロジェクトが大きな議論を巻き起こしています。
その主役は、ポルシェ創業者フェルディナンド・ポルシェの孫であり、自身も自動車界の重鎮であるヴォルフガング・ポルシェ氏。2020年に約9億円でこの邸宅を購入した彼は、この丘に12台分のガレージを地下に備えた“カーブ洞窟(カーケイブ)”を建設しようとしているのです。そのために提案されたのが、なんと公共の山を貫通させる長大なトンネルを掘削するという大胆な計画でした。
その理由は、一見するととてもシンプルです。「今のままでは道が狭くて不便だ」と。確かに、カプツィーナーベルクへの道は曲がりくねっており、歴史的建造物を守るために大規模な改修は難しい環境です。けれども、そこに自らの理想のガレージを作り、愛車たちを安心・快適に保管したい——その情熱は、クルマ好きとしては少し理解できる部分もあります。
私自身、徳島でカーコーティング専門店「SOUP」を営んでおりますが、長年さまざまなお客様の愛車と向き合ってきて、クルマと共に生きるというライフスタイルには深い共感があります。特にクラシックカーや高級スポーツカーにとって、湿気や温度変化から守る保管環境は決して軽視できないテーマです。だからこそ、ヴォルフガング氏が目指す“完璧な保管空間”の構想には、技術者として一目置く部分もあるのです。
ただし、それが「公共の自然を掘削してまで実現すべきか?」という視点に立つと、話は変わります。ザルツブルクはモーツァルトゆかりの地であり、町全体が歴史と文化に根ざした風景を守ってきました。その中で、個人の理想のためにトンネルを通すという発想が、地元住民や環境保護団体の反発を招くのは当然のことと言えるでしょう。
クルマを大切にすることと、地域文化を尊重することは、相反するものではありません。むしろ両立させてこそ、真に美しいカーライフが実現できるのではないでしょうか。
トンネルの中に描かれた“理想のガレージ”と、その陰で揺れる政治と倫理
ヴォルフガング・ポルシェ氏が提案するプロジェクトの中核は、「クロス型」と呼ばれる12台分のガレージを邸宅の地下に作ること。そしてそのために、カプツィーナーベルクの山肌にトンネルを掘り、ザルツブルク市街地から直接アクセスできるようにするという計画です。
この案は2024年、当時の右派系市長によって承認され、一時は実現に向けて動き出しました。ところがその後、選挙によって左派政権に交代。これを機に、プロジェクトに対する風当たりが一気に強くなりました。
反対派の中心にいるのは、緑の党のインゲボルグ・ハラー氏。彼女は「一個人が公共の土地にトンネルを掘ることが許されるのか?」という根本的な疑問を提起しています。確かに、インフラ整備のための公共トンネルでさえ長い時間と複雑な手続きが必要なのに、ポルシェ氏のような資産家だけがすぐに許可を得られるという構図には、多くの市民が違和感を抱いているのです。
さらに、この計画には市長との“つながり”も指摘されています。現在のザルツブルク市長ベルンハルト・アウインガー氏は、かつてポルシェの持株会社の労働代表を務めていた経歴があり、その立場が投票時の中立性を損なうのではないかという懸念も上がっています。実際、市議会のゾーニング変更の投票が間近に迫るなか、アウインガー市長は棄権する可能性が報じられています。
一方で、このプロジェクトを擁護する声もゼロではありません。
と語るのは、地元の元銀行家、ハンス・ペーター・ライッター氏。彼のように、問題の本質を“富への感情論”と見る人もいるのです。このような対立が浮き彫りにするのは、「クルマと生活環境の融合」をどう捉えるかという価値観の違いでしょう。特に12台ものコレクションを保管する空間を設けるという構想は、単なる贅沢ではなく「資産としての車をどう守るか」という視点でもあります。
私たちSOUPでも、保管環境にこだわるお客様からのご相談を数多く受けています。温度や湿度の管理だけでなく、車両表面の劣化や酸化を抑えるために、セラミックコーティングの導入は非常に有効です。とくに、建物の地下やコンクリート壁に囲まれた空間では湿気の滞留が起きやすく、塗装への影響が心配されます。そういった課題を補うために、私たちは施工環境に合わせたコーティング剤の選定と、下地処理(プライマー施工)に至るまで細心の配慮をしています。
“ガレージはただの車庫ではなく、愛車の美しさを守るための空間”——この哲学は、私たちSOUPの根底にも通じるものがあります。
クルマ文化を巡る価値観のぶつかり合いと、未来に残すべき“美”とは
この“カーブ洞窟”構想は、単なるガレージ建設の話にとどまらず、社会的な議論へと広がっています。市議会の投票を控え、ヴォルフガング・ポルシェ氏は批判の声を和らげるために、いくつかの譲歩案も提示しました。その一つが、現在改修中の邸宅の一部を一般公開するという案。さらには、建設予定のトンネルを近隣住民の通行にも開放する可能性にも言及しています。
しかし、問題の根幹は“利便性の追求”ではなく、“文化と自然の尊重”にあります。ザルツブルクという街は、数百年にわたって育まれた文化や歴史、景観を誇りとしてきました。それを私的な理由で掘削することは、たとえ技術的に可能であっても、多くの人にとっては「越えてはならない一線」なのです。
一方で、クルマという存在そのものが、単なる移動手段を超えて、個人の美意識やこだわり、さらには人生観を映す存在であることも事実です。愛車を美しく保つという行為は、自己表現であり、文化的な営みでもあります。だからこそ、ポルシェ氏のような“クルマを人生の一部とする人”にとって、最良の保管環境を追求するのは、当然のことなのかもしれません。
私たちSOUPが日々取り組んでいるセラミックコーティングの仕事も、単なる「美装」ではありません。クルマが持つ価値やストーリーを、時間や環境のダメージから守る“文化の保全”であると考えています。特に歴史ある名車や、思い入れの深い車両には、それぞれ独自のオーラや存在感があります。その輝きを長く維持し、次の世代へと受け継ぐことは、まさに今の時代に求められる責任だと感じています。
たとえば、SOUPではセラミック被膜の施工後も定期的な点検やアフターケアを重視し、ガレージの保管環境に合わせたアドバイスも行っています。高湿度地域での結露対策や、鉄粉・樹液からの保護、さらには紫外線による色褪せ防止まで、お客様の愛車をトータルにサポートする体制を整えています。
トンネルの是非はザルツブルクの議会に委ねられていますが、私たちが学ぶべきなのは「クルマのある暮らしが持つ深み」なのかもしれません。それは、単に贅沢な生活を象徴するものではなく、“大切なものをどう残すか”という問いへの答えにもなり得るのです。
愛車を美しく、そして長く守りたい——その想いがある限り、私たちSOUPはこれからも、価値ある一台にふさわしい環境と技術を提供し続けます。